2018年05月03日

『リズと青い鳥』感想(1):希美について

S_7880360882256.jpg

↑すごい

2回目もすごいぞ「リズと青い鳥」

前回に引き続き「リズ」について書いていきます。
既存のユーフォファンの人、ほぼ初見でリズに触れた人、それぞれの方と意見交換するたびに、
本当に面白い作品だなあとつくづく感じる作品です。
前回の記事は機械的な解説だったので、小出しで少しずつ感想を書けたらなと思ってます。
…第一弾のテーマは「希美について」です。

※ネタバレあり



・2回観ました
1回目:ユーフォうろ覚えレベル、「波乱の第二楽章」未読
2回目:ユーフォ2期観た、「波乱の第二楽章」前後読んだ

初見では「凄い作品を観てしまった」という驚きが一番強かったです。
真の強者はもはや圧倒すらしない…みたいな。

…そして、1週間後の再鑑賞に向けて原作周辺を漁りました。
それはストーリーへの理解の補強という目的も もちろんありました。
しかしなによりも、「主人公・久美子」の視点から広がりかつ同時並行で進む原作ストーリーから
「リズと青い鳥」の世界だけを完全にくりぬいて作ってみせたということを、
元の小説や地上波版アニメを通して確認したかった…というのが大きな目的でした。
(「構造物として」は次回以降書けたらと思ってます)

そしてある程度知識を補強できた上で、2回目の鑑賞を迎えることになります。


◆緩やかな物語と「情報量の多さ」のギャップ
1回目の鑑賞後にちらほら見かけたのは、「情報量の多さ」でした。
正直、私自身はその当初は「?」となっていました。
物語は急な展開をするわけでもなく、登場人物も少ない部類の作品。
吹奏楽ものであっても、楽器に対しての知識もとくだん必要なく、
「みやすい」という印象が強かったのです。

が、2回目の視聴では明らかに「リズ」作品そのものに対する印象が変わっていました。
1回目:みぞれ応援映像作品
2回目:希美とみぞれの物語…二人の関係性とその周辺がようやく見えてくる。

前回の記事で触れた、「情報を取捨して発信」という作り手側の行為と同時に、
観る側もまた情報を受け取って、それらを(意識的・無意識的問わず)切り捨てて、90分の作品を見届けます
「レディ・プレイヤー1」でガンダムがZZガンダムのポーズをとっていることに執着する必要はあまりないように、です。

今作では、みぞれ側の情報はとにかく受け取りやすかったと思います。
希美や、後輩の剣崎梨々花とのふれあいを通して表情が微細に変化して、観ている側はほっこりしたりハラハラしたり。
ラストのハグシーンも「みぞれがんばれー!」とか言いたくなるぐらいには
「みぞれのストーリー」として受容できる、
みぞれ応援映像作品…まあ「百合」要素も大いに…と認識していました。
「みやすい」というのは、「みぞれのストーリー」として「みやすい」、と判断したのだろうな、と今になって思います。


03

☆「希美」への印象は?
その一方で、みなさんには、「希美」はどのように映ったでしょうか?

1回目観た私としては、希美の印象や情報は、掴みづらかったです。
というのはとても拾いやすかった希美の情報と比較して、
最後まで言葉を言い切らなかったり、希美自身の思いのたけが直接表現されていないことが多いからだと考えます。

物語の役割として「青い鳥」というリズよりも空想寄りのキャラクターにイメージを当てはめていたので、
気ままにのびのびとした様子をみて理解して、それ以上は追うことがありませんでした。
そして、どちらが「リズ」か「青い鳥」なのか…という転換の瞬間というもの自体は、
正直予想自体はできていたのですが、転換した瞬間に希美の「リズ」側面は…という情報のサルベージは難航します。
そこでようやく、1回目の鑑賞では、希美の情報は意外なほどに多く切り捨てていたのだ…ということに気づきます。


Image_cef4cc2.jpg

※雑な図解。
転換時まで「リズ」と「青い鳥」それぞれのフィルターで
「みぞれ」「希美」をみているため、情報量は絞られる。
それでも、みぞれについては懇切丁寧にあらゆる表現描写で伝えてくれるので
役割が転換しても情報を回収しやすい。
ところがそれと比較して希美については…というつくり。
(また、「リズ」と「青い鳥」それぞれのフィルターで登場人物をみるため、
私自身は感情移入しづらい、という印象を受けました。
これは感情移入しづらい=評価が低いという意味合いでは決してありません)


しかも、希美について残っている情報を「リズ」側に当てはめようとしても、
その後はたくさんのシーンが押し寄せてくるのでなかなか時間が取れません。
転換のシーン後の演奏パートは見逃せませんし、ついにはハグシーンがやってくる…という形で
みぞれの「リズ」「青い鳥」それぞれの側面の転換はすんなり入ってきたにも関わらず、
希美への印象は、整理の間もなく、その時の鑑賞者の情報に委ねられていたように思います。

S_7880360882256.jpg

↑再掲。鑑賞2回目でのこのシーン、まさしく心を奪われました


☆「みぞれのオーボエが好き」
そして希美への印象次第で、クライマックスの「みぞれのオーボエが好き」というセリフ捉え方も変わります。

・そもそも本音か?
…みぞれに対する羨望と嫉妬、あるいはその超越か

・「みぞれ」のことは好きなのか?
…(本当に)「ニブチン」なのか?(百合的視点ではあるが、やはり気になる人は多いと思う)

・「好き」を言わずに終わりそうだった、が、

・何がなんだかわからなかった
…これも大事な印象のひとつだと思います。またこれを「エモい」と解釈する人もいるかもしれません。

・2期5話で「私さ、中学のときから、みぞれのオーボエ好きだったんだよ」と告げていること
…これは、2期を観ていないとわかりようがありません。

他にもいろいろ?
ハグシーンについては千差万別の思いを鑑賞者は抱くのではないでしょうか。
そして憎いことに、ハグシーンに対する思いを整理する時間は、発言後の「間」として用意されています。
その後は希美が笑い、また緩やかにストーリーは結末へと進み出します。


「結局主役の一人の心情・情報が拾いきれないなら、あまりよい映画作品ではないのでは…?」と感じるかもしれませんが、
そうはならないのが「リズと青い鳥」の真の凄い部分と考えます。
それが、結末の存在です。


◆収束する結末
鑑賞者の「みぞれのオーボエが好き」への解釈が千差万別であっても、
「いっしょに頑張ろう」という瞬間の重なり(そして「ハッピーアイスクリーム」でまたズレてしまうこと)
は真実、という結びで終わります。
(その瞬間が「dis joint」…というのはここでは語るまでも無いでしょうか)

二人が主役の特別な舞台が終わり、再びユーフォニアムの世界へ向かうようなこのシーンは、
それまでバラバラだった鑑賞者の思いとは裏腹に、ひとつの幸福感をもって見届けられるのではないのかな、と思います。
(その幸福の度合いはまた人それぞれなのかもしれませんが)


なお、このシーンは原作小説にはありません。…マジで!?



◆この記事としての結び
山田尚子監督や原作者の武田綾乃先生にとって「希美」にはひとつの答えがあるのかもしれませんが、
鑑賞者にとっては、「希美」は千差万別に映る万華鏡のような存在として捉えられるのではないでしょうか。
そしてその印象は、原作・シリーズの掘り下げ具合や鑑賞回数でも変化しうるものと考えています。
そういった意味で、「希美」の存在は非常に大きなものです。
ぜひ2回以上観て味わった、いろんな人の感想を聞いてみたいです。


感想、登場人物について と題打ったのに、
「かわいかった〜とか全然書けてないの詐欺では?」と自分で笑いつつも、
今回はこのあたりで締めさせていただきます。ありがとうございました。
posted by よしえ at 21:01 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: